才川夫妻の恋愛事情





ゆっくりとしたランチを終えて会社に戻ると、営業二課は相変わらずバタついていた。ボードを確認すると半分くらいは往訪のようでそれぞれ得意先の名前が書かれていたけれど、その戻り時間は夜八時になっている。普通ならノーリターンでもおかしくない終わり時間に、あらためて二課がいま繁忙期なんだと悟る。

才川さんは来客で応接に。花村さんは恐らく得意先の人と、電話で入稿原稿の話をしていた。またある先輩は電話で協力会社と揉めているようだったし、別の若い先輩は電話で誰かを相手に「すみません、打ち合わせ20分遅らせてもらっていいですか」なんて言っていて。



「……」



大変すぎやしませんか?



思わず気圧されてデスクでぼーっとしてしまう。



「あなた今日は早く帰りなさい」

「え」



隣の席を振り向くと松原さんが、長い髪を一つにまとめながら言う。



「定時であがってもいいわ。私も今日は早く帰るし」

「で、でも」



この大変な空気の中をですか? と訊くのを松原さんの言葉が遮る。



「メリハリが大事よ。睡眠不足だと効率も悪くなるし、ロクな判断しないし。そんな状態で働いて残業代もらったって給料泥棒だから帰んなさい」

「……はい」



またこの人はこんなわかりにくい優しさで。

いや、逆にわかりやすいのか……?



言われていることはもっともだと思った。






ドキッとしてしまったのだってきっと、寝不足のせいだ。





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