才川夫妻の恋愛事情
「いってくれるか野波!」
ほらきた!
「いっ、嫌ですよ! 私だって目撃者になる勇気ないです!」
「そう言わずに! ちょっとアホのふりして行ってきてくれ、空気読めないかんじで!」
「嫌ですってば……!」
「行ってやれ野波。どうせそんないかがわしいことにはなってないから、先輩たちの疑いを晴らすためにも行ってやれ」
「そう言うなら駒田さんが行ってください!」
「だから大先輩を使おうとすんな! ほらさっさと行け」
横暴だ……!
絶対に行きません! と主張したものの聴き入れてもらえず、松原さんに助けを求めたもののそこは助けてもらえず。
かくして私はいろんな人の期待を背負って、資料室へと派遣されたのです。
深夜十時の廊下を歩く。遠くの扉付近にある照明と窓から射す外の明かりだけで照らされるこの廊下は本当に薄暗くて、更に私の気を滅入らせた。
……本当に中から喘ぎ声が聴こえてきたりしたらどうしよう。
流石にそれはないだろうと思いつつも、気が重い。
資料室は更衣室をも通り過ぎて更に奥にある。私は入社した日に松原さんに案内されたきりで、ここに来るのは二回目だ。戦略課の人が統計や消費者データを探しに利用することが多いらしいけれど、営業はなかなか行く機会がないかもね、と教わった。まさかこんな理由で来ることになるとは……。
さくっと様子を見て戻ろう。
軽く息を吐いて、大きな扉の取っ手に触れて、ゆっくりと押し開けた。
「……」
資料室の電気は点いていた。