才川夫妻の恋愛事情
「……」
耳を澄ますと、カタカタとキーボードを打つ音が聴こえた。そっと後ろ手に扉を閉めてあたりを見回す。二人の姿はない。……一体どこに?
もっとよく耳を澄ましてみる。キーボードを叩く音は部屋の奥のほうからした。つられるようにそちらに足を向けて歩き出す。
部屋の奥まったところにある書棚は新聞の縮刷版や年鑑といった、一体こんなのいつ取り出すんだろうと思うほど分厚い資料ばかりが揃えられていた。わずかに埃っぽい紙の匂いに包まれていく。カタカタという音は次第に近付いてきて、私の侵入に気付いていないのかその音は少しも乱れない。
ここだ。
書棚の陰から、ちらっと顔を出してみた。
「…………何してるんですか? こんなところで」
私がそう尋ねると、壁際で座り込んでパソコンのキーを叩いていた才川さんは〝しー〟と口元で人差し指を立てて合図する。起こすなということだろう。
才川さんの肩では同じように座り込んだ花村さんが、彼のスーツを被って寝息をたてていた。