才川夫妻の恋愛事情
「……大丈夫?」
結構痛そうな音がした。心配になって唇を離して尋ねると〝あぁ〟と返事して彼は、私の肩を押し離しながら明らかに戸惑った顔をしていた。――珍しい。どうしてだろうと考えて、そう言えば私からキスをするのはものすごく久しぶりだなと思った。
こんな時でも鋭利な瞳に、自分の顔が映りこむ。一見すると冷たい瞳の中にある熱。ずっと見ていると理性が流されてしまいそうで、少し視線を下にずらす。すると口紅で汚れた唇に目が止まって、恥ずかしくなって。身動きが取りにくいほど狭かったのに、私は思わず首にまわしていた腕を片方解いて、人差し指で彼の唇を拭っていた。
「……口紅ついてる?」
「うん」
「……」
私が薄い唇を触る間、才川くんは何を考えていたのか。
綺麗に落ちた、と思って人差し指を唇から離すと今度は彼から唇を塞がれた。
「ん……ふ」
熱くて柔い唇の感触が気持ちいい。歯列の裏をなぞるキスはいつかの朝の行為を思い起こさせた。そこで薄く目を開けると同じタイミングで彼も目を開けたので、才川くんもあの朝を思い起こしているんだと確信する。息遣いから欲情してることが伝わってきて、これが家ならなぁ……と思って目を閉じながら、わかっていた。
激しいキスの途中で、唇は離れていく。
「……ごめん花村さん。がっついて」