才川夫妻の恋愛事情
六時を過ぎて、溜まっていた仕事は大方片付いた。パソコンの電源を落としながら、すっきりとしたデスクをウェットティッシュでさっと一拭き。最後に才川くんに声をかける。
「才川くん」
「ん」
「私、お先に失礼しようと思うんですけど。大丈夫ですか?」
「あぁ、うん大丈夫。ゆっくり休んで」
そう言って微笑む。今日はこの顔で、野波さんとお食事ですか。そうですか。
「お疲れ様です」
「お疲れ。また明日」
席を立ちながら、周りの人たちにも〝お先に失礼します〟と声をかけ、ボードの所へ歩いていく。〝花村〟の欄に〝帰宅〟とペンで書いて、何気なく野波さんのほうを見た。彼女は得意先相手か、電話を片手に楽しそうに笑っていた。もうすっかり営業さんだなぁと思う。松原さんの教育の賜物だろうか?
「……」
心配なんてしていません。これは別に強がりでもなんでもなくて。
ただよくよく考えると、私たち夫婦はひどいもので。
・結婚していることを会社で公言できない
・結婚指輪をもらっていない
・ベッドは夫婦別々
・話し合ってはないけど子どもをつくりたくなさそうな気配
・頑なに一緒にお風呂に入ろうとしない
……まぁ最後の一個はアレですけど。
客観的に見ると、なかなかな夫婦の危機なんじゃないでしょうか。
極めつけは一枚の紙。
彼のベッドサイドテーブルの、開かずの引き出しから出てきたもの。
その紙を見つけたのは今年の三月。
大学の卒業シーズン。結婚記念日が間近に迫ったある日のこと。
その日、珍しく開かずの引き出しの鍵はかかっておらず、中が開け放たれていたのです。
寝室の掃除をしていた私は、吸い寄せられるようにその引き出しの中を覗き、
中から出てきたのは、一枚の紙きれ。
〝離婚届〟でした。