才川夫妻の恋愛事情



才川くんが野波さんと飲みにいったその夜。

一人家路についた私は、最寄り駅のちょっと贅沢なレストランを前に数秒悩んで、結局、入ることができなかった。ここのローストビーフは最高。おすすめで出してくれる赤ワインも美味しい。知ってる。すごくよく知ってる。結婚記念日のディナーに才川くんは必ずここを選ぶから。



「……」



スーパーに引き返してお惣菜を買う。アイスクリームのコーナーでダッツを一個買い物カゴの中に入れて、そこでも少し迷ってから結局、もう一個カゴの中に入れていた。



「……」



こんなちょっとしたことも後ろめたくなる自分って……!

染みついた忠犬根性に自分でドン引きしながら二人で暮らすマンションへと帰る。私の立場は、とことん弱い。



早く帰ってこないかなぁ。



そしたら私は才川くんのスーツを受け取りながら「お帰りなさい」と言って、それからダメ元で「一緒にお風呂入る?」って訊くだろう。答えはわかっているのに性懲りもなく。いつかうっかり彼が「うん」って言う、ほんのわずかな可能性に期待して。






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