才川夫妻の恋愛事情


それじゃあ、と私は離婚届をリビングに持っていきテーブルに広げた。自分の会社鞄から印鑑とポールペンを取り出して署名する。続いて朱肉に印鑑を押し付けて、慎重に、ブレないように捺印。

少しも迷わなかった。

〝才川みつき〟の文字の横にくっきりと真っ赤な才川の印。赤のインクがどこかに移ってしまわないようにパタパタとはためかせて乾かす。会社でするのとまったく変わらない動きで。



そして、そばに立ってただ見ていた才川くんに紙切れを託した。

彼は自然と手を出してそれを受け取る。

とても静かな目をしていた。

見つめると何かが読み取れそうで、でも結局何もわからない。それもいつものことだった。



「その紙は好きにしてください。あ、でも才川くんの印鑑は私が持ってるから、必要なときは声かけてね」

「……みつきはそれでいいんだ?」



いいわけがない。

でも、いい。







「才川くんが私と別れられるって言うなら、いいです」










〝あっそ〟と言って彼は、

まだインクが乾いていないかもしれない離婚届を持って、部屋に戻っていった。
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