才川夫妻の恋愛事情





最初に出会ったのは大学三年の十月。

東水広告社の新卒採用説明会で、会議室に設置された二人掛けの机の隣に座ったのがみつきだった。にこにこと会釈をして隣に座るから俺も合わせて会釈だけして、リクルートスーツに身を包んだ彼女を横目に見た。一つにまとめた髪とナチュラルメイク。他の就活生と変わらない姿。一目惚れをしたわけではない。ぴんと伸びた背筋に、ぼんやりと〝姿勢がいいな〟くらいに思って、特に会話をすることもなかった。

会社概要の説明があった後、先輩社員が登壇して自分の職種について語った。営業、マーケティング、クリエイティブ。見たことのあるテレビCMがどういう意図で作られたものなのか。少し前に話題になったプレゼントキャンペーンがどういう仕組みで話題化されたのか。実施する上でクライアントとどんな調整が必要だったか。華やかに見える業界だけど実際は見える表面が華やかなだけで、裏ではだいぶ泥臭い仕事もしているということ。残業もそれなりにあるということ。

その話を聴いているときも、隣の彼女はずっと姿勢正しくまっすぐ登壇者を見つめていた。前列に座る就活生のように過剰に頷くこともなく、凛と。それが少し印象的で。



ほんとにそれだけで、たまたま隣の席に座ったというだけ。本当だったらその場限りで終わるはずだった。


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