才川夫妻の恋愛事情



それで終わらなかったのは、先輩社員の話の後にグループワークがあったからだ。広告会社の仕事の一部を体感するために『100円のビニール傘を売るためのアイデア』を傍にいた六人ほどで考える。その前段として隣の人とペアになって、簡単な自己紹介と〝どうして広告業界に興味を持ったか〟を話す時間が設けられた。げ、と面倒に思ったものの投げ出すわけにもいかない。就活生は人事担当者に言われるがままだ。

だけどそれほどここで力を入れる必要はない。適当に愛想よくやり過ごせばいい。

周囲が少しの照れを滲ませながら隣の席の相手と向かい合う。それにならって俺も彼女のほうを向いた。彼女もとても自然に体ごとこちらに向けた。初めて正面からお互いの顔を見る。愛想笑いを浮かべて挨拶をした。



「才川です。よろしく」

「花村です。なんか……くすぐったいですよね、こういうの」



童顔と会釈をしたときの愛嬌からなんとなく幼い印象があったものの、相対した彼女の雰囲気は少し違っていた。ふわっとした前髪の下に覗いている目は大きく澄んでいる。見透かされそうだと思った。形のいい唇は笑っているけれどしっかりと結ばれていて、意志が強そう。姿勢の良さと相まって、とても凛として見えて。



綺麗だな、と率直に思った。



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