才川夫妻の恋愛事情
「〝才川〟ってなんか、賢そうな名字。下の名前も訊いていいですか?」
「そう? そうでもないと思うけど、ありがとう。下の名前は千秋です」
言ってから、次に彼女が言う言葉を想像する。〝素敵な名前ですね!〟と彼女は愛嬌のある笑顔で言うんだろうな。就職活動が始まってからこんな風に初対面で挨拶する機会が増えて、その度にお決まりの自己紹介パターンがあって。本心かどうかはさておき、名前を褒められるこの一連の流れにうんざりしていた。
でもそんなこと、俺は顔に出していなかったと思う。いつものようにちゃんと、嘘臭くないくらいの愛想の良さでいたはずだ。
みつきは俺の名前を褒めなかった。褒めずに、こう言った。
「……それは、何と言うか……。呼ぶのにちょっと照れてしまう名前ですね……」
「……は?」
どういう意味だそれは。
一瞬けなされたのかと思った。けれどなぜか照れている彼女の顔に悪意はなさそうで、どういうことだろうと一瞬考える。結論が出る前に彼女が言葉を繋いだ。
「私は花村みつきです。志望動機を話すんでしたっけ?」
「あ、あぁ」
さらりと下の名前を教えられてそれにコメントする間もなく次の話題。完全に彼女のペースだった。
花村みつき。
柔らかそうで凛とした彼女の雰囲気によく合っていると思ったのに。伝える間もなくて。いや、きっと言わなかっただろうけど。
「どっちから話します?」
「どっちでも」
「じゃあ私から話しますね。……とは言っても、たいした話はできないんですが」