才川夫妻の恋愛事情
説明会を終えてエレベーターで一階まで降りる。他の就活生たちの波に流されるようにして会社の建物の外へ出て、駅へ向かって歩き出そうとしたときだ。
「、」
何かがスーツに引っかかって、俺はそこから動けなかった。
「……花村さん?」
振り返るとみつきがスーツの裾を掴んでいた。十月の夕方、少し肌寒くなった秋空の下で。ベージュのトレンチコートに身を包んだ彼女の顔は少し興奮気味で、頬を上気させて。走ってきたせいか、さっきまでの凛とした雰囲気とは違う。緊張した面持ちで口を開いた。
「才川くん、初対面でこんなことを言うとヒかれてしまいそうですけど」
「……はい」
この時点で、彼女の表情から何を言われるかは想像がついた。そこまで緊張しなくても。中高生じゃないんだぞ俺たちは。そう思いながらも緊張が伝染する。こっちまで緊張してきて、どんな顔をすればいいのかわからなくなる。
それなのに、彼女はあっさりと俺を裏切って、一人吹っ切れたように表情を変えた。
「才川くんのこと、好きになってしまったかもしれません」
――それが、あまりに可愛らしく、花がほころぶように笑うので。
「……あぁ、ほんとにな。ドン引き」
そのまま一人暮らしの家に持って帰って食べた。