才川夫妻の恋愛事情
出会ったその日に関係を持ってしまった。
そんな始まりにも関わらず、みつきとの交際は順調だった。自分でも意外なことに、彼女と過ごすのは居心地が良かったのだ。
彼女はたまに家に来るようになった。説明会の帰りにそのままスーパーに寄って食材を買って手料理をつくってくれることもあったし、休みの日にやってきて一緒に過ごすこともあった。
遠出をしたのは数えるほどだけ。俺が人混みを嫌がることを早々に察した彼女は、どこへ行きたいとか何がしたいとかいう希望をあまり言わなかった。人混みが嫌なのは確かなので正直有難かったが、まったく何も言われないと逆に気になる。
気まぐれに「行きたいとこないの」と訊くと、たいてい「特に思いつかない」と答える。それでもしつこく「本当にないのか」と訊くと、ある時は熟考の末に「水族館」と答えた。そして実際に水族館に連れて行くと、みつきは水槽に貼り付き目をキラキラさせていた。
そんなに行きたかったなら言えばいいのに。少しくらい我儘言ったっていいんだぞ、と伝えようかと思ったが、そのとき無脊椎動物の水槽の前にいた彼女がやけに楽しそうな声をあげた。「見て才川くん! そっくり!」と言ってパイプに引きこもろうとする愛想のないエビを指さしたので「誰がそっくりだ」と否定していると、伝えたかったことは言い損ねてしまった。