才川夫妻の恋愛事情


「みつき」

「はい」

「くすぐったい」

「あ、ごめんなさい」



言うと彼女は自分の髪が原因だと気付いて、すっと俺の肩から離れていった。別にどいてほしかったわけではないんだけどな……と思っていると、みつきは映画そっちのけでじっと顔を覗きこんでくる。

何だ。



尋ねるより先に彼女が身を乗り出して、片膝を立てて座っていた俺の、もう片方、胡坐をかいていたほうの足の太腿に手をついて、ぐっと顔を近づけてきた。



それは一瞬の出来事だった。

彼女が、唇の表面だけを突き合わせてきた。



何の前触れもなかったし、何よりみつきからというのが意外で。俺は、目を閉じるとか抱きしめるとかそんな余裕もなくしばらくフリーズしてしまって。

数秒後。

唇を離した彼女は間近できゅっと変に口を閉じながら、俺の顔を見た後、少し頬を赤らめながら気不味そうな顔で言った。



「……ごめんなさい。キスしたいのかなと思って」



気不味そうな顔は〝あれ、やばい違ったかも〟という顔だったらしい。







何だそれ。







「……そんなことまでわかんの?」

「え?」

「すごいけどみつき、惜しい」



膝に置かれていた手を引いて、向き合ったまま彼女を自分の膝の上に乗せながら思った。

みつきの読みはすごい。だけど完璧なわけじゃない。







そんな触れるだけのキスがしたかったわけじゃないんだ、と。







むやみに体を重ねるようなことはしなかった。

彼女がこの欲に気付いていないときにだけ、教えるように手を伸ばした。


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