才川夫妻の恋愛事情




不思議なものを見た気分だった。





午前11時のオフィス。

他の一般企業より少し遅れて稼働し始めた会社の中は騒がしく、打ち合わせの談笑と、電話口で喧嘩をしている声と、コピー機が紙を吐き出す音なんかで満たされている。



おぉ、なんか、ポイ。ポイぞ。

ほんとに広告会社に就職したんだなぁ、なんてこっそり噛み締めながら、あたりを見回す。



「午後からクライアントの挨拶に連れて行くからね。午前中は企業のホームページ見て、過去の広告素材見て最低限のことは勉強しておいて。……って言ってももう午前中終わるけど。それからクライアントから帰ったらCM素材を――」



ウキウキしすぎて、トレーナーの先輩の話は右から左へ流れていった。先輩は忙しいらしい。綺麗なネイルをした指先でカタカタと超高速でメールの返信を打ちながら、時々は画面から視線をはずして手元は動かしながら私に指示を出す。

私は真剣な面持ちで時々「はい」とはっきり返事をして相槌を打ちながら、先輩の視線がパソコンの画面に戻るとよそ見をした。






その時だ。

偶然、デスクに座ってパソコンと睨み合っている男の人に視線が止まった。シャープな顔立ちで、切れ長の目を細めて画面を見ていたその人は、ふと気を緩めたように画面から顔を離したと思うと、変な動きをした。



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