才川夫妻の恋愛事情
――ごめん、冗談。結婚は言いすぎた。
その言葉は喉まで出かかっていたのに、みつきが心の底から嬉しそうに「喜んで」と言ったものだから、言えなくて。
「……いいのか?」
「え?」
「地方とか海外とか、考えてたんだろ」
この期に及んで俺は、結婚すると言った彼女が籍だけ入れてどこか遠くへ行ってしまう可能性を考えていた。冗談だと撤回したいくらいのプロポーズだったけど、繋ぎ留めておきたい気持ちは確かにあって。
みつきは言った。
「行きませんよ。才川くんのお嫁さんになるほうが、ずっと魅力的です」
……あ、駄目だ。
冗談だなんて絶対に言えない。
結婚したら〝才川みつき〟になるんですね~、なんて照れ笑いしている彼女には、絶対に。
口が裂けても言えないと思った。
それでも何度か言おうとしたのだ。
勢いで言ってしまったことなんだと正直に打ち明けて、なかったことにさせてほしいと伝えようとした。
結婚なんて一度も真剣に考えたことがないのに、現実になるのは想像がつかなかったし。何よりこんなことで彼女の将来をもらってしまうのは、責任が取りきれないと思った。自分には重すぎると。
当時のみつきとの付き合いが本気じゃなかったというわけではなくて。でも出会って一年も経たない間に、お互いのことも実際にはよく知らないで。あまつさえ〝行かないでほしい〟なんて俺の幼稚な動機で。結婚なんてしていいわけがない。
でも言えなかった。