才川夫妻の恋愛事情




言えなかった理由は、たぶん色々ある。

撤回したらやっぱり遠くへ行ってしまうんだろうなと思ったし、勢いでプロポーズしたなんて幻滅されてしまうかもしれないとも思った。

でも何よりも。



〝私のこれからって、自由なんだなぁと思って〟



その自由を投げうって、俺と結婚するほうが魅力的だと言ってくれた彼女の笑顔を、嘘にしていいものか?



〝ごめん冗談だったんだ〟なんて言葉で濁らせていいものだろうか。





言えなかった。

勢いだけのプロポーズだったけど、嘘にしたくない、と切実に思ってしまうほどに。あの瞬間、彼女が迷わず自分を選んでくれたことが、本当は目の奥が熱くなるほど嬉しかったんだ。









そうこうしているうちに、みつきの両親に挨拶をしに行くことになった。

十月の内定式が済んで、もう卒業式までしばらくスーツを着ることもないなと思っていたら。まさか結婚の挨拶で着ることになるとは……。普通に気が重い。

しかも相手はみつきの両親。〝子どもが大学を卒業したら絶縁する〟なんて教育方針を掲げるクレイジーな親だ。正直とても行きたくなかった。みつきは「案外普通の両親ですよ?」なんて言っていたけれど信じられるわけがない。

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