才川夫妻の恋愛事情
大学卒業と同時に結婚生活が始まって、少し遅れて社会人生活が始まる。
俺たちが入社した頃、配属の前に長めの新人研修があった。新入社員を会議室に集め、広告の基礎やプレゼンの仕方をみっちり教え込むという研修。朝起きて家で朝食を食べたあとに、また会社でみつきと顔を合わせることになる。言葉を交わすこともあるだろう。
会社で嫁と顔を合せてどんな風に振る舞えばいいのか。そもそも、新人が既に結婚していて、しかも夫婦揃って同じ会社に入社してきたなんて。先輩社員の目にはどう映るだろう。
入社直前になってあらためて、二人で同じ会社に勤めるやりにくさを想像していた。ただ、会社でどう振る舞うかは、入社前から決めていたので。
籍を入れてすぐ。二人で暮らす新居に引っ越した日のこと。
俺はみつきに一つ提案をした。
「会社では他人でいよう」
「……他人?」
みつきは、俺が段ボールから取り出した卒アルを手にぽかんとして固まっていた。
〝新入社員が既に結婚してるなんてきっと生意気に映る〟
〝変にやっかれるのも馬鹿らしい〟
それらしい理由を並べて、他人として振る舞うことがさも最善であるかのような口調で説得する。そういうことは昔から得意だった。