才川夫妻の恋愛事情


四月になって、東水広告社に入社して。新人研修が始まると、俺は事前に取り決めたことを忠実に守った。



会社ですれ違うときには必ずすっと視線をそらす。

研修の中で二人同じグループになって課題をやることがあっても、みんなに自然に笑いかけながらみつきとは目を合わさない。

研修をしていた会議室の入り口で、たまたま鉢合わせてしまっても同じ。



才川千秋と花村みつきは、たったの一度も言葉を交わさない。

それは同期にしては少し不自然なほど徹底的に。





最初こそみつきは〝オッケー! わかった!〟と言わんばかりに意気込んだ顔を見せて、与えられたミッションを楽しむような様子でいたから複雑な気持ちになりもしたが。




効果はじわじわと現れた。




目が合うことを避け続けるうちに、彼女は会社で俺に気付くなり自分からふっと顔を背けるようになった。

ほんと嫌になるくらい従順で。

みつきが顔を背けたのをいいことにその表情を窺うと、思わず笑ってしまいそうになる。





もどかしそうな顔がたまらなかった。



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