才川夫妻の恋愛事情



全力でドキドキしながら絶望的な気分、という不思議な状況のなか。店員さんがお水とおしぼりを持ってきて、束の間の会話中断。ありがとうございます、とおしぼりを受け取りながら才川さんはメニューをテーブルの隅によける。店員さんは「ご注文が決まりましたらそちらのボタンでお呼びください」と言って一礼して去っていく。これでもう、ボタンを押さない限りは、二人。

恐る恐る才川さんの目を見ると、余裕のある表情でこちらを見て微笑んでいた。



――私は思う。

そんな顔じゃないんです、欲しいのは。



昨日、プレゼンをする松原さんを見ていて思ったことは。

〝こんなに強くて優しい完璧に見える人でも、咬ませ犬になることがあるのだ〟

そう思うと、まだ青くてなんの武器もない私は、どうすれば才川さんの視界に入ることができたんだろう。気付く前から全面的な敗北が決まっていた恋に、何かしら正解を探そうとしていた。きっとそんなものどこにもないのに。わかっていながら、肩で眠る花村さんを愛しげに見たあの目が、どうすれば自分に向けられるのか。ただ知りたかった。

告白した瞬間の私の欲望は、ただ一つ。



あの愛し気なまなざしを、少しでも自分に向けられたら。



< 244 / 319 >

この作品をシェア

pagetop