才川夫妻の恋愛事情



「……才川さん」

「うん」

「もう一度言いますね」

「どうぞ」







「才川さんのことが好きです。私と、付き合ってください」







「……好きになってしまったかも、って前は言ってなかった?」

「確信になりました」



そっか、と言って才川さんは一度息をついた。きっと答えは決まっているだろうに、口元を笑わせたまま少し考えるように視線を下ろして、時間を取る。

ドキドキしながら、私は、ゆっくりと諦めていく。



「野波さん、ごめん」



諦めていく心に、チクリと〝ごめん〟が刺さって唇を噛んだ。それでも顔は下げずにじっと才川さんの顔を見て。

彼は今までとは違う笑い方をした。それはいつもの愛想のいいニコニコした笑顔じゃなくて、もっとこう、ふわっと和らぐような。言うなら、花がほころぶみたいな。

誰かの笑い方を思わせる笑顔。






「俺、ずっと前から好きでたまらない大事な人がいるんだ」






だから付き合えない、と。

欲しくてたまらなかったその顔が、清々しいほど私を拒絶する。



「……ですよね。私もずっと、そんな気がしていました」



私の〝好き〟は1ミリも彼の気持ちを動かさなかった。だけどきっとこんな表情、もう一度向き合わない限りは見られなかったんだろうな、と。それならこの告白に価値はあったかもしれない、と。自分を納得させていく。



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