才川夫妻の恋愛事情
その場から後転でもするんですか?と訊きたくなるくらい、片方の手のひらを反らせて自分の肩の上で、何かを受け取るのを待つポーズ。誰にも声をかけずにそのままの姿勢でいるから、何してるんだろう? と思っていたら、男の人の後ろを事務の人らしき女の人が通りかかった。その女の人はお盆にコーヒーを載せて運んでいるところだったけれど、歩きながら片手で自分が着ている制服のポケットの中をごそごそと探り、取り出した何かを彼が出していた手の中に入れる。そしてそのまま特に何も言わずに彼の後ろを通り過ぎて、何食わぬ顔で部長にコーヒーを出していた。
……んん?
私は首を傾げる。
彼女が彼の手の中に何を入れたのか、絶妙に見えなかった。メモか何かだろうか?
あっ まさか!
〝今晩空いてますか?〟ってお誘いの手紙⁉︎ オフィスラブというやつですか⁉︎ うちの会社そんなのあるんだ! うわー! ……と思ったけど、今時、紙に残すだろうかそんなもの。それに男の人の催促するようなあの手のひら。お誘い待ちだったんだとしたらちょっと間抜けで格好悪い。
うーん……。
気になりすぎてガン見する。何かを受けとった男の人はデスクの上をじっと見ている。恐らく書類か何かがあるのだろう。熟考の末、筆立てからボールペンを抜き取り何か記入している。
そして手のひらの中のそれを――、
きゅぽっ、とキャップをはずして、デスクの上に(恐らく書類に)ついた。
そこまで見て、私はやっとそれがスタンプ式の印鑑だということに気付く。