才川夫妻の恋愛事情
はた、と。
私服に着替えて更衣室を出ると、ちょうどそこに才川くんがいて目が合った。彼は今日残業をするようで、同期と自販機にコーヒーを買いにきていた様子。片手にブラックコーヒーを持っている。
「おー花村、帰んの?」
声をかけてきたのは竹島くんの方だった。私は「うん」と頷いて、お先です、とにこやかにその場を去ろうとした。……のに、伸びてきた手に肩を掴まれた。
「ちょっと待って花村さん」
「っ」
着ていた服がオフショルダーのブラウスだったから、掴まれた肩は素肌だった。急に熱い手に触れられてびくりと反応する。
「な、なに……?」
「なにこの服」
「えっ」
「なんでこんな肩出してんの。エロい。直視できない。困る」
「はっ……!?」
いやめちゃくちゃ見てるじゃないですか……!
なんで帰り際にわざわざこんな絡み方してくるの!と戸惑っていると「もう他でやれよー」と呆れた竹島くんは先にオフィスに戻っていってしまう。
それを見計らったように才川くんは、家でのトーンで耳元に囁いてくる。
「……ほんとになに? この服」
「……オフショルダーは痩せて見えるんです!」
「会社で誘ってんの?」
「ちがっ……」
「ちゃんと家で食ってやるからその服はもう禁止」
わかった? と囁いた後、彼の体はそっと離れていく。
「……」
「……返事は?」
「…………それって今晩ですか?」
「は」
「食ってやる、っていうの。約束してくれなかったら明日もこれ着てきます」
「……」
「……」
一瞬視線が交錯した後に、彼が口を開いた。
「…………いや、それは不潔じゃないか?」
「…………たしかに」
*
ある日、定期的に取り出してきては眺めている彼の卒業アルバムを前にして、私はため息まじりにつぶやいた。
「か〜っこいい……」
旦那さん相手に何言ってんの?ってかんじですけどね。今更です!
あんまり写真に写りたがらない彼が登場するページはあまり無いけれど、すぐに見つけられる。何度も見ているからもう位置を覚えてしまった。それに、端っこに写っていたってひとり輝いて見えてしまう。……だって制服姿とか!
「お前それ見過ぎだろ」
呆れた顔で一瞥をくれた彼も、もちろん素敵です。写真のなかの高校生の彼にはない色気がある。でも高校生の彼にも彼の色気がある。
「制服は胸熱ですよやっぱり……」
はぁ、と何度目かの恋焦がれるようなため息をつく。というかたぶん恋だ。こんなのが同じ高校にいたら絶対に好きになってた。というか同じ高校にいたかった……。
そんな気持ちを無視して彼は言う。
「ちなみに当時付き合ってたのは……」
「ぜっっっったいに言わないで! 知りたくない! 泣きますよ⁉︎」
「泣くのかよ」
嬉しそうにしないでほしい……。
「……でも、ほんとうに」
「ん?」
「高校生のときに会ってみたかったなぁ……。なんて、どうしようもないですけど」
「どうしようもないな」
「制服デートとか、憧れだったなぁって」
「制服プレイならできるけど」
「は」
「着る?」
「…………いやいやいや!」
「一瞬真剣に考えただろお前」