才川夫妻の恋愛事情
ふたりが名実共に夫婦となった直後のオフィスでの一コマ。
「ちょっと才川」
コピー機でプレゼン資料を出力していたら脇腹を小突かれた。
松原さんだ。
「はい?」
「あんた、花村に何したのよ」
言われてデスクのほうを振り返る。みつきは宙を眺めてぽーっとしては、思い出したようにハッとなって手元の書類に戻って。しばらくするとまた心ここにあらずといった具合で。
それを確認した俺はコピー機のほうに向きなおって、資料をトントンとそろえる。
「……何って、特別なことは何も」
「ほんとに? だってあんないつもキビキビ働いてた花村が……」
「ほんとですって」
「でも」
「夫婦が普通にやるようなことしかしてません」
「……」
「黒魔術をかけたわけでもなし」
「…………は?」
*
「絶対に花村」
会議室に足を踏み入れた瞬間、背を向けて椅子に座っていた才川くんがそう言っていたので。
「えっ……何が?」
思わず私が問いかけると、その場にいた男性陣3人が一気に振り返った。
「あっ……花村っ」
同僚の顔は明らかに“やべっ”という顔。対して、ゆっくり振り返った才川くんは私の顔を見て薄く笑った。……何? 何が私?
「今の、聞いてた……⁉︎」
「えっ……ううん、何が私なんだろうって」
「そっか! セーフ!!」
「えぇぇ……?」
いや、ここまで気にさせたらアウトでしょ……。
前の打ち合わせはとっくに終わっていたようで、同僚たちは蜘蛛の子のように散っていく。
最後に部屋を出ていこうとした才川くんに尋ねた。
「……なんの話してたの?」
「内緒」
「えぇっ」
「かわいいよ、花村」
「……」
またそんなことを、会社だと惜しみなく言うんだもんなぁ……。
なんだろう。女子で誰がかわいいとか、そういう話? それなら、才川くんが鉄板ネタとして私の名前を出すのはわかる。
でも、それならみんなあそこまで慌てなくてもいいような……。
その答えは、化粧室で歯を磨いているときに判明した。
「ちょっと花村、聞いた? 」
「? 何を?」
「今日2課の男どもが会議室でしてたゲスい話。一番は誰かを決めてたんだって」
「…………何の一番?」
「“エッチのとき声がかわいいのは誰か”って」
「ぶっ‼︎」
「やだ、汚い」
「なっ、だっ……誰も知らないでしょそんな声!」
「想像じゃない?」
“かわいいよ、花村”
*