才川夫妻の恋愛事情

*

夜、眠る前の時間。
今夜は冷えるからと、晩酌に熱燗を用意した。

ローテーブルに運んできた一人分のセットに、才川くんが不思議そうな顔をする。



「みつきは?」
「私はいい。明日も仕事だし」
「俺も仕事だけど」
「才川くんはお酒弱くないでしょ」
「お前もそんな弱くないだろ」
「いいの」



あ、そう。と彼はそれ以上食い下がることなく、お猪口を口に運ぶ。

一口飲みこんで、“は……”とあったかい息を吐き出す。二口目に口を付けようとしたところで、私は声をかけた。



「才川くん」
「ん?」
「一口だけ」



横から覗きこんでそう言うと、彼はちらっと私を見て、それから熱い日本酒を口に含んだ。ドキドキしながらそれを見ている。 ゆっくりと才川くんの顔が近づいてくる。

目を閉じて、唇に柔らかな感触を感じた後。口の中に少しだけぬるくなったお酒が流れこんできた。



「ん……」



それをごくんと飲み込むと、お腹まで熱い感じが落ちてきて。喉からも熱い息が上がってくる。

唇を離すと彼は言った。



「……自分の分のお猪口持ってくれば?」
「……」



私は動かずじっとその場で待っている。


熱燗を一人分しか用意しなかった理由に、彼はもうすぐ気づく。




「……確信犯」




そう言って笑うと、才川くんは三口目を口に含んだ。



*
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