才川夫妻の恋愛事情
部内の男性社員に義理チョコを配り回った末に、最後に辿り着いたのが隣の才川くんの席だった。
「ハッピーバレンタイン」
そう言って私が市販のチョコを差し出すと、彼は座ったままちらっとこちらを見上げる。
「……」
毎年この瞬間、居心地が悪い。部内の男性陣には一律でチョコを渡しているから、才川くんにだけ渡さないというのもおかしいし。だからといって、他の人と同じ義理チョコを渡すだけで済ませるのも嫌だし。私は結局、会社と家に帰ってからの計2回、彼にチョコを渡すことになる。だからこの1回目は、なんとなくむず痒い。
才川くんはゆっくりと手を伸ばしてきて、受け取る。
意地悪く笑いながら訊いてくる。
「義理チョコ?」
「……」
白々しい……。
「見ればわかるでしょう? 私の本命チョコは、もっとすごいから」
そう言って、遠回しに予告する。
本当にすごいのだ。今年は頑張った。
バレないように早起きして作ったアマンドショコラは今、我が家の冷蔵庫の中。
今晩お酒と一緒に出すと決めている。
「すごい本命チョコ欲しいなぁ」
そう言いながら才川くんは、目の前で包装を綺麗に開けてチョコを取り出す。義理チョコ用に大量購入したのは有名店のクランチチョコだった。それを早速一粒取り出して、彼は。
「ん」
「え?」
一粒私に寄越してくる。
「……くれるの?」
そんな、あげたものを先に食べるわけにはいかないですよ。
そう言って断ろうとしたら「違う」と言われた。ついには箱ごと押し付けられてしまう。
「えっ……要らないの?」
「要るよ。ここ座って」
そう言って彼は自分の膝の上を叩いた。
「……は?」
「え? 膝の上座って花村が食べさせてくれるんじゃないの?」
「するわけないでしょう!」
ネタだった!
いつものわざとらしい笑顔。周囲で聞いていた人たちがクスクスと笑う。明らかな冗談だ。明らかな、冗談…………冗談?
(……あぁもう!)
今晩彼が家のソファで「ここ座って」って言うのが、私には想像できた。
*