才川夫妻の恋愛事情


「そうなんですよ。すごーく自然に……」

「大丈夫? この会社やばいってヒいちゃわなかった? あんなキス魔ばっかりじゃないから安心してね」

「あはは」



渇いた笑い声が自分の口から漏れ出る。正直周りの人たちが慌てだすまでは〝さすが広告会社! チャラい! ただれてる!〟くらいには思っていた。パートナーでもない同僚の唇を奪うなんて超ド級のセクハラだ。……でも花村さんの内心は満更でもないような気がして。

葉山さんに、私が入社初日に見た不思議な出来事を話してみた。言葉を一切交わさずに印鑑と書類をやり取りした二人の話。彼女は大きな目をぱちぱちさせて、息をついた。



「はー、さすが。喋らずにそこまでできちゃう域なんだ。すごいな才川夫婦」

「どうして花村さんが才川さんの印鑑を持っていたのかが不思議で」

「それはそんな不思議でもないかな? みっちゃんは才川の補佐だし、業務で使うから印鑑は預けてるのかも」

「そういうものなんですか……」



自分が不思議だと思っていたことが一つ、不思議でもなんでもなかったと知って落胆する。あの雰囲気に飲まれていたのかなぁ。言葉を交わさない異質な関係に。確かに私は今、あの先輩二人にまつわることがなんでもかんでも特別に見えてしまっているような気もする。



「まぁ、うちの会社は結婚しても旧姓で働いてる人多いし。あの二人見てたら、花村は旧姓で実は夫婦なんじゃないかなーって勘ぐっても仕方ないよ。私の同期の望田も旧姓だし」

「……葉山さんも? 旧姓ですか?」



彼女の薬指には指輪がはまっている。シンプルなデザインだけど、どこかで見たような……?

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