才川夫妻の恋愛事情




会社ですれ違ったら、ふい、と視線をそらされる。



(あ、そこまで徹底するんだ。)



最初に目をそらされた時はそう思った。

会社では他人でいようって、そういうことね! オッケー了解! ……なんて、馬鹿みたいに素直に、他人のように振る舞う努力をした私。この頃から忠犬だったなぁ……。



同じ会社にいれば何度だってすれ違う。ましてや研修期間。同じ部屋で研修を受けていれば嫌でも目に入る。プレゼンテーションの実習中、スクリーンの前に一人で立って一生懸命話していると、対面している同期たちの顔の中に見慣れ過ぎた顔がある。休憩時間、飲み物を買いに自販機に行こうと思って部屋を出ようとすると、ドアを開けたところでばったり鉢合わせる。朝家を出る前に見たスーツ姿にドキドキする。

それでも一度だって目が合わない。



才川千秋と花村みつきは、たったの一度も言葉を交わさない。



会社の人にバレないためだとわかっていながら、地味にダメージを受けていた。









「――――って。……みっちゃん聴いてる?」

「ん?」



研修の休憩時間。気付けば私は才川くんを見ていた。斜め前の席で座ったまま伸びをした姿を見て〝あー全力でくすぐりたーい〟なんて欲求に火をつけていたら、はやまんの話を聴き逃していた。慌てて振り向くとはやまんはちょっとむっとしていた。才川くんを見ていたとはバレてなさそう。



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