才川夫妻の恋愛事情
相変わらず視線は紙の上だったけれど、褒められれば素直に嬉しかった。百点満点。にやけだしそうなのを堪えて「ありがとうございます」と澄まして返事をする。
そのやりとりを聴いていたらしい隣の課の駒田さんが、ぬっと向かいのデスク越しに私たちを覗き込んできた。駒田さんは四十歳過ぎの貫録ある口髭を撫でながらにやにやと笑って言う。
「百点満点だとよ。花村、お前早く才川にもらってもらえ。さっさと印鑑押させて籍入れないと嫁にいき遅れるぞー」
……だから。とっくに……!
立派なセクハラな上に、本当のことを言えないもどかしさで余計に腹が立った。言えないのは最初に嘘から始めた自分たちのせいだ。わかってる。でもどうしようもなくもどかしくて悔しい。
「そうですねーいき遅れたくないですねー」
これでもかというほどの愛想笑いで駒田さんに適当に返事をする。駒田さんはそうだろうそうだろうと頷いてその場にとどまり、まだ小言を言いそうな雰囲気でうんざりした。
そこで才川くんが口を開く。
「俺は、いつでも大歓迎なんですけどねー」
やっぱり紙面を見つめたまま。
ただ、左手で広げた新聞を持ちながら、右手で。
(え)