冬に響くセレナーデ
その日以来、私たちは頻繁に話をしたり、練習室で演奏をするようになった。音楽が楽しくて、一緒にいられるのが嬉しくて、どんどんニコラスの虜になっていくのを実感できた。

どちらかとはなく好意を寄せ合い、その波がぶつかる時、愛が生まれる…。

私は彼を大好きになっていた。



音楽の授業は、音楽専門の建物で行われる。ここには、先生のオフィスと5つの練習室と2つの教室と楽器保管庫で構成されていて、この学校では比較的古い棟だ。

教室と練習室は廊下を挟んで向かいあっていて、ここで授業を受けていると練習室の音が遠くに聴こえてくる。

ニコラスが練習している。バッハのG線上のアリア。
この曲はもともと管弦楽組曲として書かれたものだけれど、後に活躍したドイツのヴァイオリニストが独奏ヴァイオリン用に編曲したものが有名になり、ヴァイオリンの一番低い音の弦『G線』で演奏されるのでこう呼ばれるようになった。

まるで教会で聴いているような、深い音。オルガンの伴奏が聴こえてきそうなほど、多彩な音色。

悠久の昔から奏でられてきた美しい音楽。彼は何を考え、何を想いながら演奏するのだろう。


「今日は全校集会の日だね。」

授業が終わるとジョッシュが言った。

「うげー、長いから嫌なんだよね。」

ミンジーの言う通り、集会は長いし退屈だ。

「早く行かないと、座るところがなくなるね!」

私たちは嫌々ホールへ移動した。そこにはもう大勢の生徒が集まっていて、空いているベンチは前のほうだけだった。

「今日の集会では、本校の卒業生であるニコラス・リー君に演奏していただきます。」

校長先生が笑顔でニコラスを舞台に迎える。音楽の先生はピアノにスタンバイする。

何を演奏するのだろう?

息を吸う音から始まったのは、サラサーテのツィゴイネルワイゼンだった。

技巧的な曲だが、彼は簡単に弾いているように聴こえる。

ホール全体が聴き入っている。吸い込まれるように…。

「演奏、どうだった?」

集会が終わると、ニコラスは私たちのところへやって来た。

「お兄ちゃん、また上手くなったみたい!」

「それはよかった!」

先生もこちらへやって来て、話に加わった。

「ジプシーの歌が聴こえただろう?」

「ジプシー?」

「ドイツ語でツィゴイネルワイゼンはジプシーの旋律という意味なんだ。」

「ジプシーってドイツにいたんですか?」

ミンジーが尋ねる。

「ジプシーはヨーロッパを中心に世界各国に散在していたんだ。流浪の民と呼ばれた人々で…」

先生の熱弁スイッチが入る。

「まあまあ、この話はまた今度!」

ニコラスが話を遮った。

「そうだな、とにかく、良い演奏をありがとう!」

先生はそう言い残して立ち去った。

「話はじめたら長くなるからね!」

彼はいたずらな笑みを浮かべた。
< 11 / 59 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop