冬に響くセレナーデ
ニコラスは翌日から毎日練習に参加していた。

とても好青年で、私よりも6歳年上で、頭の中が良くて、何より音楽を愛しているようだった。


この学校の配置では、オーボエから第一ヴァイオリン奏者がよく見えるようになっている。

私は彼を毎日見つめていた。


「ねえ、ミンジー、ニコラスはいつまでここにいるの?」

「大学は9月まで休みらしいから、それまでいるよ。そうだ!今度またうちにおいでよ!伯母さんも喜ぶよ!」

彼女はニコラスのお母さんの家で暮らしている。何度かお邪魔したことがあるけれど、感じの良い、綺麗な方だった。

「でも、試験があるじゃない?休みの日はもう少し練習しないと…。」

「それなら、うちで練習しなよ!ピアノも弾けるし、私の練習にも付き合ってほしいし!」

「じゃあ、日曜日の午後は?」

「オッケー!」


ぼんやりと毎日を過ごしていたら、すぐに日曜日になってしまった。

昨日の夜に着ていく服は決めておいたけれど、変じゃないだろうか。ニコラスとは練習室で会って以来、話していない。今日遊びに行って、不自然じゃないだろうか?

そんなことを考えながらバスに乗っていたら、危うく降りるバス停を間違えるところだった。

ミンジーはバス停まで迎えに来てくれていたから、彼女と一緒に家まで行った。


「いらっしゃい、久しぶりね。」

「ハーイ、奏美。」

伯母さんとニコラスが出迎えてくれた。

防音室に通されると、耳が詰まるようなきがして、ドキドキした。

「じゃあ、好きなように演奏して下さいね。」

伯母さんはそう言うと、私たち3人を残してキッチンの方へ向かう。

「私は基礎練習は家でしてきたから、曲の練習をしようかな。」

「じゃあ、お兄ちゃんが伴奏すれば?」

ミンジーがさらっと言った。

「もちろん、いいよ。」

「では、お願いします…。」

緊張が増して、目がチカチカする。ピアノ譜を彼に渡して、自分の楽譜を開く。

「最初はこのくらいのテンポで弾くけど、入りづらくない?」

「大丈夫です。」

ニコラスが前奏を始めた。


交響曲の父、ハイドンが作曲したとされる唯一のオーボエ協奏曲。本当はモーツァルトが良かったのに、先生はなぜかこちらを強く勧めた。

意思が弱いのか、勧めを断れないのか、私は結局先生の言うとおりにすることにした。

難しい、技術が必要な、古典派後期の協奏曲。本当はハイドンが作曲したのではないという意見もあるが、楽譜には大きく名前が記されている。

「ストップ。」

ニコラスが声をかける。丁度、第一楽章のカデンツァに入ったところ。

「奏美はこの曲が好きじゃないの?」

「あまり好きではありません。」

「そうか…僕はオーボエのことは詳しくわからないけれど、好きじゃない曲を弾くときはその曲をがどんなメッセージを聴く人と弾く人に伝えようとしているか考えて、作曲者の奏でる音楽を表現したいと思って弾くようにしているんだ。もう少し考えて、音楽の声に耳を傾けてごらん。音楽を感じて!それからまた合わせよう。」

音楽の声、音楽を感じるー。

考えたこともなかった。

演奏が精一杯の時もあるし、趣味に合わない曲を演奏しなくてはいけない時もある。

そんな時は音が濁る気がする。

ニコラスはそれを感じとったのだろうか。

ミンジーがヴァイオリンを弾く。彼女はあまり上手ではない。しかし、何を表現したいのかわかっているように聴こえる。私に足りないのは、これなのか…。

「どうかな、できそう?」

「はい。」

「では、最初から。」

ニコラスがもう一度伴奏を弾き始めた。

彼に守られている安心感。欲しいときに来る、静かな波。私はテクニックだけじゃない、もっと音楽の根本に根ざす何かを垣間見た気がした。
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