いとしい傷痕
同居を断られるのは想定内だった。

下宿もある程度は目星をつけてある。

これから通う大学と、このリヒトのマンションの間くらいにある街に住むことは決めていた。


どうしてそこまでリヒトに執着するのか、と不思議に思われるかもしれないけれど、私にとっては当然のことだった。


七年前、リヒトは私に何も言わず県外の大学に進学した。

あのときのショックは、今思い出しても胸をかきむしりたくなるほどだ。


うちは、通訳の仕事でほとんど家にいない祖母のユウコと、シングルマザーとして働きづめの母ミサと、ミサの姉で部屋からほとんど出てこない伯母リサ、そしてリヒトと私の五人家族だった。

大人三人は家にないか引きこもっているかだったので、私とリヒトはほとんどの時間を二人で過ごしながら育ったのだ。

だから、私にとってリヒトは、なくてはならない、かけがえのない存在だった。


それなのに、私に隠れて県外の大学を受験して、引っ越しの朝まで何も言わなかったのだ。

それがものすごくショックだったし、悲しかったし、許せなかった。


まだ小学生だった私は、『私を置いていかないで』と泣きじゃくって追いすがったけれど、

リヒトは結局、言い訳すらせずに家を出ていってしまった。


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