いとしい傷痕
「あー、ややこしいなあ」


突然、隣の席に座っていた男子学生が声をあげたので、私は反射的にそちらに視線を向けた。

すると目が合ってしまったので、慌てて逸らす。


向こうも同じだろう、と思った。

けれど。


「なあ、選択一群、二群って、どういうことか分かる?」


一瞬、聞かなかったことにしようと思ったけれど、どうやら自分に向けられた言葉らしいと声の方向から理解して、私はもう一度そちらへ顔を向けた。


「……私? に、言ってるの?」

「うん。なんか君も困ってるみたいだったから、一緒にやったら少しは解決するかなと思って」


人懐っこい笑みを浮かべながら彼は言った。


さっぱりとした短髪が整った輪郭を際立たせている。

柄物のシャツにジャケットを羽織り、ジーンズ、そして黒縁の眼鏡が最近の男の子っぽいな、と思いながら私はしばらく彼を観察した。


「……分からない同士なら、ひとりでもふたりでも一緒だと思うけど……」


ナンパの一種かと思って、私はあえて突き放すような返事をしてみた。

でも彼は気にしたふうもなく「そう?」と首を傾げる。


「ふたりで考えたら、意外と答えに近づけることもあるんじゃね? とか思わん?」

「……はあ」

「だってほら、違う人間なんだからさ、目の付け所も違うだろ」


なんだか変なやつだ。

でも、悪いやつではなさそう。


これまでの経験上、自分に対して悪意や否定的な感情をもって近寄ってくる人間には敏感なたちなので、それは断言できた。


「まあ……いいけど」


自分としても自力でやることに限界は感じていたので、私は小さく頷いた。

しばらく二人で試行錯誤しながら、一時間ほどでなんとか手続きを終えた。


「あー、とりあえずやるにはやったけど、なーんかミスありそうで怖いよな」

「まあ、ミスしてても死ぬわけじゃないし。だめなら来年とればいいことでしょ」


席を立った彼の後を追いながら言うと、振り向いて彼は笑った。


「ははっ、男前だな!」


なんの屈託もない笑顔に、なんとなく毒気を抜かれたような気分になる。


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