いとしい傷痕
履修登録が終わったので、これ以上行動を共にする必要もないのだけれど、

二歩ぶんほど先を歩いている彼が「じゃあ、ここで」とも「またね」とも言わないので、離れるタイミングがつかめない。


だから、人付き合いは苦手なのだ。

会うときも、別れるときも、私はいつも相手に声をかけるタイミングがよく分からない。

家族だったら、リヒトだったら、そんなこと何も考えずにいられるのに。


さてどうしようか、と思いながら歩いているうちに、教育センターの出口までやってきた。


ここがいいタイミングかな、と思って唇を開いた瞬間、彼が振り向いて「あのさ」と声をかけてきたので私は言葉をのみこむ。


「今さらだけど、自己紹介まだだったよな」

「あ……うん」

「俺、西野浪っていうんだ。よろしく」

「ロウ?」

「そう。浪人の浪って漢字。ま、無事に浪人しないで現役合格できたけどな」


ロウはにやりと笑いながら言った。

たいして興味もないので、「そう」とだけ返す。


「あははっ、さらっと流された。渾身のボケだったのに」


ロウは妙に嬉しそうに肩を揺らして笑った。

そんなふうに笑われたことがないので、どんな顔をすればいいか分からない。

なので、話をもとに戻すことにする。


「……ていうか、浪人の浪って、波のことでしょ。わざわざ浪人とか言わないで、波浪警報の浪、って言えばいいのに」


そう言うと、彼は驚いたように目を丸くした。

よく表情が変わるなあ、と内心で感心する。


「へえっ、漢字とかけっこう分かるんだな。すごいな」

「……普通だよ」


べつに大して難しい漢字じゃないと思うけど。

そのリアクションは失礼すぎる。


「あ、そんで、君の名前は?」

「……片桐美麗」

「へっ?」


わたしの名前を聞いて、ロウは今度はぽかんとした顔になった。


「え、君、日本人なの?」


予想していた通りの反応が帰ってきて、思わずため息が出そうになる。


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