いとしい傷痕
そんなことは、リヒトを知らないから言えるのだ。


リヒトの、冷たいほどに冴え冴えと整った美しい顔立ちを見たら、私なんて普通の顔でしかない。

幼い頃から間近に彼を見てきた私には、ちょっとやそっとじゃ綺麗なんて言葉は使えない。


絵画や彫刻のように端整で繊細なつくりの容貌も、そこにいるだけで視線を奪われてしまうような雰囲気のある佇まいも。

美しいという言葉は、リヒトのためにある言葉だ。


そんなことを考えていたら、リヒトに会いたくてたまらなくなってきた。


今までは、どんなに会いたくても、何百キロも離れた場所にいたから会えなくて、心を圧し殺して我慢していた。

でも、もう我慢しなくていいのだ。

だって今は、一時間もかからない距離しか隔たっていないんだから。

そのために私は東京までやって来たんだから。


「なあ、ミレイ」


ロウがまた声をかけてくる。


「せっかくだから食堂で飯でも食わない? ちょうど昼だし」


彼の言葉に、私は「ううん」と即座に首を横に振った。

頭の中は、リヒトに会いたいという思いでいっぱいだった。


「用事があるから、もう帰る」

「あ、そうなの?」

「じゃあね。声かけてくれて、ありがとう」


私はロウに手を振って、正門へ向かって歩き出した。


後ろで「ははっ」と笑い声が聞こえる。

目だけで振り向くと、ロウが肩を揺らしながら笑っていた。


「あっさりしてんなあ。ミレイって面白いな」

「………」

「じゃあ、またな。気をつけてなー」


彼はやっぱり屈託のない笑顔で大きく手を振り、図書館のほうへと歩き去っていった。


その後ろ姿を見送りながら、家族以外と口をきいたのは何日ぶりだろう、と考えてみて、

一ヶ月以上に前のことだと気がついて、自分でも笑えてきた。


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