いとしい傷痕







大学の最寄り駅で電車に飛び乗り、リヒトの住む街へ向かう。


リヒトは仕事柄、不規則な生活をしているけれど、今から行けば会えるような気がした。

根拠はないけれど、予感がするのだ。


駅を出て、彼が住んでいるマンションへ向かって黙々と歩く。


強めの風が吹いて、伸ばしっぱなしの髪が宙に踊る。

四月になったとはいえ、吹く風は冷たくて、スプリングコートのボタンをいちばん上まで留めた。


私の身体には、リヒト探知機が内蔵されているんじゃないかと、ときどき思う。


そんなことを考えてしまうほど、私の目は、彼の姿を一瞬にして見つけることができる。

どんなにたくさんの人がいても、彼がどんな格好をしていても、私の目には、彼だけが光を放っているように際立って見える。

たとえおびただしい物音と人声が空間を埋め尽くしていたとしても、彼の声だけは、まっすぐに私のもとに届いてこの鼓膜を揺さぶる。


リヒトの声が聞こえた気がしてそちらへ視線を向けると、向こう岸の信号待ちの人込みの中に、彼の姿を見つけた。


ただでさえ長身な上に、ブルーグレイのシャツに黒いジャケット、細身のブラックジーンズといシンプルながら洒脱な出で立ちのリヒトは、

明らかにひとりだけ非凡なオーラを放っている。


「――リ、」


リヒト、と呼びかけようとしたとき、横顔を見せていた彼の隣に、女の人が立っているのに気がついた。


ほっそりとした華奢な身体に白いニットとライトグレーのコートを纏い、隣のリヒトを見上げている。

この前見た美人なモデルさんとは別の人だ。


信号が青になった。

一斉に対岸へ向かって蠢き出した人の波に押し流されるようにして、私も歩き出す。

リヒトと彼女も、ゆったりとした足取りでこちらへ向かってくる。


私は声も出せずに、瞬きすら忘れて目を見開き、すれ違おうとする彼らを凝視していた。


恋人同士、のように見えた。


手を繋いでいるわけでも、腕を組んでいるわけでも、肩を寄せ合っているわけでもない。

ただ、並んで歩いているだけ。


それでも、言葉少なに会話をしながらふとした拍子に視線を絡める二人の間には、ただの他人でも、その場限りの関係でもない、なにか特別なつながりがあるように見えた。


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