いとしい傷痕
驚きのあまり、身体が硬直して歩けなくなる。

交差点の真ん中で口づけを交わす二人を、私は息を呑んで見つめることしかできない。


突然のキスに、彼女は一瞬目を見開いたものの、すぐに恍惚の表情になった。

リヒトが彼女の髪に指を絡め、その小さな頭をぐっと引き寄せて、さらに口づけを深くする。

舌を絡めあう、情熱的なキス。


まるで周りには誰もいないかのような、二人きりの世界にいるかのようなリヒトと彼女の姿に、気づいた人々はぎょっとしたように釘付けになる。


普通に考えればひどく非常識な行動だけれど、常人離れした美しい容貌のリヒトと、独特の儚げな雰囲気をもつ彼女だからか、不思議なほど違和感がなかった。


幻想的な映画のワンシーンのようだった。

すれ違う人たちは撮影かなにかだと思ったようで、カメラを探すような素振りをしている人までいる。


何も言えず、ぴくりとも動けずに凝視していると、やっとリヒトは唇を彼女のそれから離した。


それからすっと視線を流して、瞬間、私を見つめる。

赤い舌がちらりと覗いて、形のいい唇を舐めた。


その瞳に見つめられたのはほんの一瞬で、彼はすぐに前を向いて、何事もなかったかのようにまっすぐ歩き出す。

彼女は私の存在には気づかなかったようで、そのままリヒトの背中を追って去っていった。


後に残された私は、アスファルトに縫いつけられたように横断歩道の上で立ち尽くしている。


「危ないよ!」


突然声をかけられて見ると、年配の男性が信号を指差して眉をひそめていた。

信号はすでに赤になっていた。


激しいクラクションが鼓膜に突き刺さり、私は慌てて「すみません!」と頭を下げて横断歩道を渡る。


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