いとしい傷痕
*
いかにも東京、という感じの、おしゃれな高層マンションの十階、1003号室。
表札は出ていない。
出ていないことが、この部屋に彼が住んでいることの一番の証拠だと思った。
だから私は確信をもってチャイムを押した。
分厚いドアの向こうで、ピンポーンとくもったベルの音が聞こえる。
でも、反応はなかった。
それも想定の範囲内なので、もう一度押す。
人の気配はない。
それでも、虫の知らせというか、予感があって、このドアの向こうには彼がいるのだと私は確信していた。
だって、私には分かるのだ。
ずっとずっと会いたかった彼が、すぐ近くにいるのだと。
だから黙って玄関の前に立っていた。
しばらくして、物音がした。
やっぱりね、と笑みが唇に浮かぶ。
彼はいる、すぐそこに。
このドアを一枚へだてた向こうに、彼はいる。
何度も瞼の裏に思い描いた彼に、もうすぐ会える。
胸を高鳴らせながら待っていると、やっとドアが開いた。
そして、夢にまで見た彼が現れた。
抜けるように白い肌、首筋にまとわりつく長めの髪、冷たいほどに整った顔立ち、ほっそりとした身体。
見たこともないほどに美しい男。
ふわ、と煙草の香りがする。
ああ、彼の香りだ。
「……ミレイ」
あまり感情の表に出ない彼が、それでもさすがに驚いたようで、かすかに目を見開いて私を見ていた。
はおっただけでボタンすら留めていない白シャツの隙間から、骨の浮いた薄い胸と、くっきりと浮かび上がった鎖骨が覗いている。
こんな時間に寝起きなのかな。彼ならありうる。
それかお風呂でも入っていたか。
そんなことを考えながら、にっこりと笑みを浮かべて、懐かしい彼に声をかける。
「久しぶり。驚いた? ――お兄ちゃん」