いとしい傷痕
私の言葉に、彼――リヒトはかすかに呆れたように息をついた。
「……いい加減にその呼び方はやめろ」
肩をすくめて彼は奥へと消えていく。
そしてリビングらしきところへ入り、「おい」と声をあげた。
あ、誰かいたんだ、とそこでやっと気がついて、連絡もなしに急に訪問してしまった自分の考えのなさに嫌気が差す。
「お前……なんてったっけ、マリ?」
「……ユリカよ」
「あっそ、ユリカ。お前さあ、帰って」
「なにそれ。まだ途中じゃないの」
音しか聞こえないやりとりに耳を澄ます。
リヒトと喋っているのは、若い女の人の声だ。
「黙って帰れよ。客が来たんだよ」
「なに、他の女呼んだわけ? 私じゃ満足できなかったってこと?」
女の声がすこし高くなる。
すこし移動して背中だけがちらりと見えるようになったリヒトが、苛立ったように頭をかくのが見えた。
「ぎゃあぎゃあうるせえよ。女じゃねえ」
少し黙ってから、リヒトが続けた。
「……妹だよ。だから、さっさと帰れ」
「そう。分かった」
女が言って、それから衣擦れの音が聞こえはじめた。
どうすればいいか分からず、玄関で立ちすくんでいると、しばらくしてぱたぱたと足音が近づいてきた。
すらりと背の高いびっくりするくらいの美人がこちらへ向かってくる。
長いストレートの髪をかきあげる仕草がとても艶めかしくて、目を奪われた。
「……あんたが妹?」
真っ赤な口紅をつけた綺麗な形の唇が、笑みの形に歪む。
黙って見つめ返していると、彼女は呆れたように肩をすくめた。
それからくるりと振り返る。
「リヒト。これ、私の名刺。連絡ちょうだいね」
奥から腕組みをしたままこちらを見ていたリヒトは、何も答えない。
彼女はふっと笑って、名刺を玄関の飾り棚に置いた。
「じゃあね」
私の横をすり抜けていった彼女は、薔薇の花束みたいな華やかな香りを残して出ていった。
「……いい加減にその呼び方はやめろ」
肩をすくめて彼は奥へと消えていく。
そしてリビングらしきところへ入り、「おい」と声をあげた。
あ、誰かいたんだ、とそこでやっと気がついて、連絡もなしに急に訪問してしまった自分の考えのなさに嫌気が差す。
「お前……なんてったっけ、マリ?」
「……ユリカよ」
「あっそ、ユリカ。お前さあ、帰って」
「なにそれ。まだ途中じゃないの」
音しか聞こえないやりとりに耳を澄ます。
リヒトと喋っているのは、若い女の人の声だ。
「黙って帰れよ。客が来たんだよ」
「なに、他の女呼んだわけ? 私じゃ満足できなかったってこと?」
女の声がすこし高くなる。
すこし移動して背中だけがちらりと見えるようになったリヒトが、苛立ったように頭をかくのが見えた。
「ぎゃあぎゃあうるせえよ。女じゃねえ」
少し黙ってから、リヒトが続けた。
「……妹だよ。だから、さっさと帰れ」
「そう。分かった」
女が言って、それから衣擦れの音が聞こえはじめた。
どうすればいいか分からず、玄関で立ちすくんでいると、しばらくしてぱたぱたと足音が近づいてきた。
すらりと背の高いびっくりするくらいの美人がこちらへ向かってくる。
長いストレートの髪をかきあげる仕草がとても艶めかしくて、目を奪われた。
「……あんたが妹?」
真っ赤な口紅をつけた綺麗な形の唇が、笑みの形に歪む。
黙って見つめ返していると、彼女は呆れたように肩をすくめた。
それからくるりと振り返る。
「リヒト。これ、私の名刺。連絡ちょうだいね」
奥から腕組みをしたままこちらを見ていたリヒトは、何も答えない。
彼女はふっと笑って、名刺を玄関の飾り棚に置いた。
「じゃあね」
私の横をすり抜けていった彼女は、薔薇の花束みたいな華やかな香りを残して出ていった。