いとしい傷痕
「で? なに企んでんだよ」


唐突に言われて、私は「え?」と顔をあげる。

相変わらず冷たいほどに整った綺麗な顔が、無表情にこちらを見ていた。


「お前が俺のことをお兄ちゃんなんて呼ぶときは、なにか下らないことを企んでるときだろ」


思わず、ふふっと笑いが洩れる。

さすがリヒト、私のこと、よく分かってる。


「あのね、私、東京の大学に受かったから」

「………」


リヒトは一瞬、目をかすかに見開いて、それから眉をひそめた。


「あっそ。そりゃ、よかったな」

「めっちゃがんばったもん、リヒトと同じとこに住みたかったから」

「へえ」

「ねえ、住んでいい?」

「……あ?」

「ここに」


私は立てた人差し指を床に向けた。

リヒトの顔が険しくなる。


「……俺の部屋に住みたいってことか」

「もちろん! またリヒトと住みたかったから受験勉強がんばったんだもん。ね、いいでしょ?」

「いいわけないだろ、馬鹿」

「えー、なんでよ」


リヒトは呆れたように肩をすくめた。


「俺はお前にかまってられるほど暇じゃねえんだよ。仕事で帰らないことも多いしな」

「そんなの分かってるよ。むしろ、忙しいって知ってるから、料理とか掃除とかやってあげようと思って」

「馬鹿か」


リヒトが煙草を灰皿に押しつける。

それから、にっと笑ってこちらを見た。


「……飯作る女なんかいくらでもいるんだよ。お前なんかお呼びじゃない」


その表情と、含みのある口調にどきりとした。

さっき帰っていた美人なモデルの顔がよぎる。


「お前に家事頼むほど困ってないっつうの。ほっとけよ」

「……でも、」

「うるせえな。お前が住んだりしたら、女連れ込めなくなんだろうが」


そう言ってから、彼はまたにやりと笑って私を覗きこむ。


「それとも、俺が女抱くところ見たいのか?」


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