第2巻 Sicario〜哀しみに囚われた殺人鬼達〜
【S】と言う画家についての記述

化け物と女

side:セルリア
アトリエ居る。
そうだ。アトリエだ。
ギフトから貰った。静かな場所にあるアトリエだ。
『Sicario』の家より遠いとも近いとも言えないこのアトリエには、俺だけが寂しく住んでいる。

あれから(貴族の暗殺から)1週間程しか経っていない。
傷は癒えてはいないが、動かすには問題ない。
結局の所、貴族は誰が殺したのか解らないままだ。
如何でも良い事だ。
今は全てが如何でも良い。

あれからまともに眠れていない。
瞼を閉じる事が怖い。
あの女が、あの女が俺を見ている。俺を笑っている。嗤っている。哂っている。

俺を、おれを、オレを、“オレ”を


「今更出てきてんじゃねぇー...」

《今更なんて無いわよ。あんたが殺したの。あたしを殺したの。痛かったわ。錆びた包丁ですもの。痛くない訳が無いわ。》

「自業自得だろ。」


ドスの効いた女の声が鼓膜を揺する。


《悪魔、悪魔の子め。あの人を引き止められなかった出来損ない。あの赤ん坊も同じ出来損ないよ。》

「あいつは出来損ないなんかじゃないッ!!!!
黙れッ!!!阿婆擦れ!!!お前こそ悪魔だ!!!!出来損ないだ!!!」


あいつを悪く言う事は許さない。あいつは女と違って、幸せになるべき人間だったんだ。
あの女の所為であいつは不幸になったんだ。もっとまともな人間だったら...。
近くにあった画板を掴むと、姿無い声に投げつけた。


「ハァ...ハァ、」

《おいおい、荒れてるじゃねぇーか。“俺”》


あの女の声の次は、俺自身の声が耳元で、強いて言うなら頭の中で響いた。


「五月蝿い。」

《見っともねぇーな。稀代の殺人鬼が泣くぜ。》


妙に見下ろした感じの物言いだ。


「お前も黙れ...。」

《俺ならこんな姿には成らなかったぜ。嗚呼、あれか“あいつ”が死んだからか?おいおい、嘘だろ“俺”。》

「俺はお前じゃない...。」

《いいや、俺はお前だよ。なぁ“俺”。》

「違う。俺はお前じゃない。お前みたいな台詞は吐かねぇー。」

《まぁ、如何でも良いじゃねぇーか。
さぁ今日も始めようぜ。
〆切はすぐそこだ。
お前の為に、やっているんだぜ。
“俺”。》

「お前は黙ってれば良いんだ。耳障りな声め。」


声が落ち着くと、俺は新しい画板を取り出し、筆を執った。
早く、ゆっくり描こう。
〆切はすぐそこだ。

あれから、俺は眠れていない。
変なモノが見えるんだ。可笑しな声が聞こえるんだ。

俺はあれから眠れていない。

〝狂人〟と言う通り名が今1番お似合いだ。





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