第2巻 Sicario〜哀しみに囚われた殺人鬼達〜
もうすぐ絵画展の会場に着くというのに、ルルが機嫌を直してくれない。
何故かは解らない。僕はルルにそんな態度をとった覚えがないからだ。
アンジュラとは手を繋いでいるが、ルルはワンクッション置かれた距離にいる。
「ルル〜如何したのさ?何で怒ってるんだい?」
「怒ってない。」
「口調から既に怒ってるじゃないか。」
「...怒ってない。」
「ヤキモチかい?」
「ぼくはあんたに、そんな感情は持ち合わせてないよ。
どうぞ其の子と一緒に居れば良いじゃないか。」
冗談半分に言ったのに、また距離を置かれてしまった。
アンジュラが如何かしたのか。いや、彼女は何もしていない。
解らない。ルルは何を怒っているのか。
怒っている事は目に見えて解るんだけどな...。
「あの...わたし、お邪魔ですか...?」
アンジュラがおずおずと聞いてきた。
何故、そんなに申し訳なさそうな顔をするのだろう。
「何でアンジュラが邪魔になるんだい?」
「えっ...だって、」
「口篭らないでよ。誰が君を邪魔って言ったんだい?」
首をかしげながら、傍らにいるアンジュラを見下ろす。
ルルは相変わらずそっぽを向いたままだ。
「え、あの...、わ、解らな、いんですか...?」
あぁ、アンジュラは知らないんだった。
僕が人の気持ちを理解出来ない事を...。
別に知られても差し支えない情報だ。言ってしまうか。
黙っている方が面倒だ。
「解らないよ。
僕は言ってくれなきゃ解らないんだ。
だから、ルルもアンジュラも黙ってないで教えてよ。」
「...よくも、まぁ、きっぱりと言うね。」
「そう言う男だって、君もよく知ってるだろ。」
「わ、解らな、いんですか!?」
アンジュラの驚きが聞こえる。
こう、目に見えて驚かれるのは新鮮だな。
逸脱しておかしい訳では無いのだけれど。
「そんなに驚く事?
僕は普通だと思ってるけど...」
「だって...、えっ、あ...」
「怒ってないよ。」
「は、はい...。
人の気持ちが解らないって...其の、えっと...、悲しい事、だと...」
「アハハ!何だ、君は僕を悲しい奴だと思っているのかい。
其れは誤解だよ。僕は今、悲しくなんてないからね。」
俯くアンジュラを抱きかかえる。
幼子を抱く様な、縦抱きと言うのかな、これは。
僕の身長ではアンジュラを縦抱きしても、違和感は其れ程無い。
高身長ってのは意外な場面でも役立つものだ。
「生まれつきだからね。まぁ、楽しくやってるさ。」
「え!?は、あの!、え?...何で!?」
「アハハハ!!楽しいね!
ねぇ、ルルもそう思わない?」
ルルは眉間に皺を寄せて、口をへの字にしている。
一体何が不機嫌の元なのだろうか。
まぁ、良い。後でじっくり聞く事にしよう。
「...さぁね。化け物の楽しみなんて、ぼくには解らないよ。」
「後で君にもしてあげるよ。
いや〜モテるって大変だね〜。そう思わないかい、アンジュラ。」
アンジュラは顔を赤くして、俯いてしまった。
「若い子が好きなんだろ。おっさん。」
「おっさんじゃないよ!失礼な!!
アンジュラもそう思うだろ!?」
「わたしに、聞かれても...ラーベストさんの歳、知らないです...。」
そっぽを向いていたルルが、アンジュラの顔を向いた。
「29歳だよ。この化け物は...。」
まだ、僕は“化け物”扱いかい。
「み、見えないです...。」
「ほら!!ルル聞いたろ!!?僕は若く見えてるんだよ!!」
「良かったね...。」
「あ、あの...ルルさん。」
「何?」
「何で、ラーベストさんを、ば、“化け物”って言うんですか...?」
アンジュラの顔を見つめたまま、ルルは暫く黙った。
ルルの事だ。迷っているのだろう。
「あんたは知らない方が良いよ...。
本来ならあの施設自体近寄るべきじゃないんだ。
あんたが“こっちの世界”に来るのなら話は別だけど...。」