第2巻 Sicario〜哀しみに囚われた殺人鬼達〜
不服な表情を浮かべて、ルルは僕を睨む。
そんなに睨まずとも、説明くらいするよ...別に言っても、【S】は、“彼”は怒らないだろう。
今はそんな事に構っていられる程、余裕が無いのだから...。
「教えるけど...、ちょっと待って。
今はこの絵を堪能しようじゃないか。」
「あんた、見てもどうせ解らないだろ。」
「これは別。
“彼”の絵だけは別なんだ!!」
「ね、熱弁しなくても...。
声の音量落としなよ、絵画展なんだぜ。此処。」
興奮してしまい声が自然と大きくなってしまった。
目立つ行為は避けたい。だが、僕は目立つ事が大好きだ。
今は必要無い情報だったね。
其れにしても、よくあんな状態でこの絵が描けたものだ。
幻聴に悩まされ、かなり精神を病んでいたのに、ここまで繊細な線が描けるものだろうか。
それに善人でも無い。
受けるね...。笑いが止まらない。
「ねぇ、君。【S】の正体を知っているのかい?」
僕の肩くらいの身長の男だ。
セルリアより少し低いくらいかな。
茶色い革のショルダーを肩に掛け、左手にメモ帳、右手にシャープペンシルを握っている。
記者か...。
「記者様が如何したんだい?」
「いや、失礼とは思ったんだが、会話が聞こえてしまってね。
興味深かったもので...。」
失礼と思っているならしなければ良いのに、この男は馬鹿か阿呆か。
失礼なんて言わなければ良いのに...“普通の人間”ってのは、そう言う所で罪悪感ってのを感じるのかな。
面倒な生き物だ。そう言う所は壊れてて嬉しいと思う。
「立ち聞きとは良い趣味だね。僕も偶にするけど...。
君、名前は?」
「失礼、わたしはこう言う者でね。」
男は胸ポケットから名刺を差し出した。
どっかの雑誌の冴えない記者のようだ。名前は、スレッド・マーソン。
直ぐに忘れそうな名前、と思った以外これと言って感じたものは無かった。
「話しなら外でしよう。なぁ、マーソンさん。」
「嗚呼、君がそうしたいのなら。近くの喫茶店にでも。」
「良いよ。ルルも一緒に来るだろ。」
「何でぼくまで...。」
ルルが頭を抱える。
「あの、すまないが...名前は?」
如何しよう...。
本名を名乗ろうか。思いついたものを名乗るか。
本名は...、記者だし、知ってそうだな。
変に気を遣われるのは嫌だし...。
何か適当な名前は...。
「僕はラグドル・スレイマ。
こっちは紫香楽 縷縷。宜しく。」
そう言って手を差し出した。
マーソンは僕の手を取って握手をした。
絵画展を出る際にアンジュラを探して、用事が出来たと伝えておいた。
マーソンが少し先を歩いて、先導している。
ルルが僕の横腹を肘でつつく。
「何だい?」
小声で答える。
「誰なの、〝ラグドル・スレイマ〟って...」
「今作った“僕”さ。何かご不満かい?」
「良くもまぁ思い付くね...」
「褒め言葉として受け取るよ。」
〝ラグドル・スレイマ〟
さぁ、どんな僕にしようか...。
社交性の高い人物が良い。明るさも必要。
良い人を演じよう。だが、良すぎてはいけない。
ちょっと気が弱そうってのも良いな。
友人を大事に思ってるってのは当たり前。
よし、そんな“人間”にしよう。
後は、ルルが余計な事を...出来れば黙ってくれれば良いや。
「あの店で良いですか?」
「僕は構わないよ。ルルも良いよね?」
「どうでも良いよ...。」
絵画展からそう遠くない店に入る事になった。
昼が近いと言うのもあって、店内は少々人で賑わっている。
適当に注文をして、僕達は奥の席に座る事になった。
どんな会話にしようかな...僕の頭の中はそれで一杯だった。