早く俺を、好きになれ。


ダラダラダラダラ。


今年の夏休みは、ずっとそんな感じで過ごした。


出かけたところといえば、お盆におばあちゃんの家に行ったのと、叶ちゃんと夏祭りに参加したくらいだ。


あれだけツラかったのに、気付くと武富君のことを考える時間も減っていて自分でも驚いた。


気持ちは変わるっていうけど、本当にその通りなんだと改めて実感。


でもそれは多分、気持ちを伝えてきっぱり振られたからこそのこと。


苦しくてツラくて、思い出すと今でも胸が痛くなるけれどーー。


それでも、武富くんを好きになってよかったって思える。



「明日から新学期か」



部屋の中のカレンダーを見ながらつぶやく。


いつもはあっという間に終わる夏休みが、今年はやけに長く感じた。


心にポッカリ開いた穴は、今も埋めることができずにいる。


「咲彩ー!」


部屋でダラダラしていると、階下からお母さんが私を呼ぶ声がした。


「なにー?」


「牛乳が切れちゃったの。悪いけど、買ってきてくれないかしら?」


断るとブツブツうるさいだろうから、素直に従うに越したことはない。


お母さんからお金を受け取って外に出ると、辺りはすっかり真っ暗だった。


むわっとした熱気が肌にまとわりつく。


げんなりしながら、歩いて数分のコンビニに向かった。


駐車場のそばまで来たとき、ガラの悪い男子高校生4人が座り込んでたむろしているのが見えた。


大きな声で笑ったりして、かなり騒がしい。


うわ、やだな。


前を通りにくい。


目を合わせないように足早に通り過ぎようとするとーー。


そこにいた男子たちからの突き刺さるような視線を、ひしひし感じた。


「すっげー可愛い子発見」


「俺らと一緒に遊ぼうぜ」


「おーい、聞いてますかー?」


うわぁ、やだやだ。


ムシしよう。


「待てよ」


ーーグイッ


コンビニに入ろうとした私の腕を、男子のうちのひとりが掴んで引っ張った。


「な、なんですか?」


なんでいきなりこんなこと。


「俺らと一緒に遊ぼうぜ」


「急いでるんで結構です」


そう言って腕を振り払おうとしたけど、強い力で掴まれているのでムリだった。


「あ、あの……ホントにムリなんで」


「まぁまぁ、そう言わずにさぁ。今からカラオケにでも行こうぜ」


「いや、だから……」


ムリだって言ってるじゃん。


「なんなら、キミのお友達も誘ってさ」


下心丸出しでニヤつく男たち。


私の中のセンサーが危険だと告げている。


とにかく逃げなきゃ。


「わ、私、もう帰るんで」


「おっと、逃がすかよ」


「は、離して」


なんでこんなことするの?


ムリだって言ってるのに。


「ありがとうございましたー!」


ちょうどそのときだった。


コンビニのドアが開いて中から人が出てきた。


暗いのと男たちが邪魔で、その人の顔は見えない。


「ほら、駅前のカラオケ行こうぜ」


「や、やだ!離して」


いくら言っても聞き入れてくれなくて、強引に連れて行こうとされる。


怖いよ。


誰か助けて。


「お前ら、何やってんだよ?」


必死に男の腕を振り払おうとする私の耳に、低く怒りを含んだ声が聞こえた。


声のした方を見ると、そこにはなぜか虎ちゃんがいて。


私の腕を掴む男を鋭く睨みつけている。


今までに見たことのないような鋭い目つきと、ダークなオーラ。


明らかに怒っているのがわかる。


この状況を見て、私のピンチを察してくれたのかな。


「離せ」


「は?なんだよ、お前」


「汚い手で咲彩に触るんじゃねーよ」


ーードキン


虎ちゃん……。


「さっさと離せよ。嫌がってんだろ?見てわかんねーのかよ!」


「な、なんだよ……めんどくせーな。もういいわ。行くぞ、お前ら」


威圧的な虎ちゃんのオーラに怯んだのか、男たちはビックリするほどあっさり引き下がった。


「大丈夫か?」


「あ……うん」


虎ちゃんは私の目の前まできて、心配そうに顔を覗き込んだ。


優しい優しい、いつもの虎ちゃんだ。


「ありがとう……虎ちゃん」


「つーか、あんまり遅い時間に出歩くなよな」


「でも、まだ7時だよ?」


そんなに遅くないと思うんだけど。


「…………」


黙ったまま虎ちゃんはまっすぐに私を見つめる。


なんだかすごく久しぶりすぎて緊張する。


「……帰るぞ。送ってく」


先に目をそらしたのは虎ちゃんで、そう言ってゆっくり歩き出した。


「ま、待って!牛乳だけ買ってくるから」


「早くしろよ」


「うん!」


牛乳を買ったあと、久しぶりに虎ちゃんと並んで歩いた。


聞きたいことはたくさんあるのに、なにも話せなくて。


なぜだかドキドキして落ち着かなかった。



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