【完】秋
 無理、といううめき声と共に、テーブルにシャーペンが放られる音がした。夕陽の差し込むダイニング、食事に使われる広いテーブルは消しゴムのかすにまみれている。

 沸かしてから数時間、温度の落ち着いた麦茶をやかんから直接コップに注ぐ。とうとうテーブルに乗った原稿用紙に突っ伏した彼に、思わず溜息を吐いた。


「……たっちゃん、そんなことしてても課題進まないよ」


 頭を抱えて悩む姿は、いっそ魘されているようにも見える。とはいえこれも自業自得、今更嘆いたところで差し伸べる手もない。……などと言いつつ何とか助けてあげられないだろうかと思ってしまうあたり、私は甘い気がする。

 温かい麦茶の注がれたプラスチックのコップ二つを手に、私はキッチンカウンターを出た。彼の突っ伏すテーブルにそれを置いて、彼の向かいの椅子に腰掛ける。


「いやだっておかしいだろ……読書感想文とか、小学生の夏休みの宿題じゃあるまいし」


 どろどろのスライムを彷彿とさせる脱力加減に、思わず私は苦笑した。最早やる気のやの字も残っていないらしい彼は、突っ伏した面を上げて麦茶に口を付けるも、シャーペンは握らなかった。


「そんなこと言ったらたっちゃんの例えも例えだよ。秋だから出てる課題に対して、夏休みの宿題って……」


 そう、彼が現在抱えているのは、読書の秋にと現代文から出されたらしい、読書感想文の課題。私の記憶が正しければ、その課題が出されてからもう二か月近く経っている筈。私から言わせれば、終わっていない方がおかしい。酷い事故だ。


「楠谷の高校はこんな課題ないんだろ。ずるいよなー」

「いやいや、ずるくないでしょ。今までずっと課題放置してたたっちゃんは、寧ろすごいけど」

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