【完】秋
「自分の課題くらい自分で済ませるよ。楠谷は気にすんな」

「いいからっ!うだうだ言ってたらほんとに終わらなくなるよ!」


 テーブルを挟んで、彼の腕の下に手を伸ばす。私が本を掴むが先か、たっちゃんが本を引くが先か。私の手が本に届こうとした刹那、切迫した声がリビングに響いて。


「つぐみ……!!」


 動揺して身体から力の抜けた私がテーブルに突っ伏し、麦茶を零したのはコンマ数秒後。テーブルだけに留まらず床まで濡らした麦茶を全て拭き取った頃には、日が暮れていた。

 課題を手伝おうとした筈だったのだが、気付けばこの有様。先に謝るべきは、時間を浪費させたことに対してか、それとも片付けの面倒に対してか。


「……ごめんなさい、たっちゃん」


 ご迷惑をおかけしました、と台拭きを絞り終えたキッチンで頭を下げた。元はと言えば俺が悪いし、と気まずそうに謝罪で返す彼に、一つ質問をぶつけるべく、下げたばかりの頭をゆっくりと上げる。

 しかしこれは、私から触れてしまっていいのだろうか。先程彼は、確かに私の名を呼ぶ意図で、つぐみ、と口にした。それはつまり、なんてご都合解釈だろうか。


「ね、たっちゃん」

「……何だよ」


 恐らく彼もまた、私が持ち出そうとしている話題に気づいている。話を逸らさず聞こうとしてくれている、その事実に期待することは、許されるのか。


「さっき、……私のこと、つぐみって呼んだ、よね?」


 問いと言うには確かすぎる、確認と呼ぶべき言い回しだった。日が落ちて下がる一方の筈の気温が、上がったように錯覚する。気まずそうに目を逸らしたたっちゃんの頬も、心なしか赤い。
 暫くあー、だのうー、だの呻いた後、矢張り目は合わせないまま、私に問う。私からすればこれも、既に答えの決まった確認のようなものだったけれど。


「……よかったら。また昔みたいに、つぐみって呼ばせて」

< 3 / 4 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop