上司、拾いました
 三樹紗彩。

 今年で二年目の女性社員の一人である。

 いつも長い黒髪をひとつにまとめ、少しの愛想笑いも浮かべることなく、黙々と仕事をこなす……一言で言えばあまり目立たない部下だった。

 ただしよくよく見ればスタイルはすらりとスレンダーで、常に一点を見つめる瞳は大きく、それを縁取る睫毛も驚くほどに長い。

 おそらく、きちんと着飾れば化けるタイプの女だ。

 が、あまりにも愛想がなく、また遠慮もなく、あらゆる意味で躊躇がない部下でもある。

 ひとりの女性社員の産休に関して苦言を呈した課長に対し、静かな啖呵を切った三樹の言動は今でも部署内での語り草になっているほどである。

 そのことがあって以来、彼女は先輩から後輩に至るまで、全ての広告営業課の女性社員を味方に付けたとか。

 さすがに誇張されている部分もあるが、八割方は事実である。

 
 東間も三樹が新入社員だった頃に指導を受け持ったことはあるが、終始表情が変わらず何を考えているのかわからなかった。

 そんな経験もあり、いくら見た目が良かろうと、女としてどうこう思うことは少しもなかった。


 それだというのに。


「大丈夫ですか? 東間さん」
「あ、ああ……」


 佐伯が心配するように顔を覗き込んでくるのを傍目に、ふと今朝の出来事を思い出す。


 寝癖のついているボサついた長い黒髪。

 眠たげに緩んだ大きな瞳。

 そして色気もなにもない、ひよこ柄のパジャマ。

 相変わらずの淡白さで、酔いつぶれた自分を助け、食事の用意までしてくれた部下。

 遠慮なく礼を要求してきたが、それぐらい厚かましい方が気は楽だった。


「紗彩ちゃんがどうかしたんですか? 急に咳き込んだりして」


 そう言って不思議そうに首を傾げる佐伯に、「いや、別に」と言い訳にもなってない言葉を返す。
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