上司、拾いました
「……お前が、うちの社員を『ちゃん』付けで呼んでるのを、初めて聞いて、驚いただけだ」


 さすがに『別に』では誤魔化しきれない。

 そう考えて取り繕いの言葉を歯切れ悪く並べると、佐伯は「ああ」と納得したように頷いた。


「いや、普段はさすがに三樹さんって呼んでるんですけど、もうクセですね。これは」


 そんなことをなんでもないように言いながら、佐伯はメロンパンを頬張る。


「大学が同じで、サークルの後輩だったんです。ボランティア関係の」
「……そんなに親しい仲だったのか」


 大学が同じである先輩後輩はたまにいるが、サークルまで同じだったという人間は初めて聞いた。

 それも下の名前で呼ぶからには、相応に親しい間柄なのだろう。

 とはいえ、東間は微塵も把握してはいなかったが。


 妙な縁を感じつつ、その三樹が作ってくれたおにぎりを口にした。

 対する佐伯は、可笑しそうに小さく笑う。


「東間さんは周りの人間に興味がなさすぎるんですよ。僕、そこそこ三樹さんと話してるのに。知らなかったんですか?」
「まったく興味がなかった」
「でしょうね」


 知っていたと言わんばかりの返答に腑に落ちないものを感じつつ、ふとあることに気が付く。

 おそらく六年前から知り合いであり、仲も親しく、佐伯がポイントを集めて献上しようとしている三樹。

 社員間の浮ついた噂にはまったく関心などなかったが、まさか二人は付き合っているだろうか。


 そう考えると、根は生真面目である東間は今朝の出来事に異様な罪悪感を覚えた。


「……佐伯、お前、三樹と付き合ってたりするのか?」


 東間はいたって真面目に尋ねたのだが、佐伯は一瞬きょとんとしてから、声を上げて笑う。


「付き合ってませんよ。さっきの話だけで付き合ってるとか、東間さん短絡的すぎません?」
「…………お前本当に失礼なやつだな」


 三樹とは違う意味で遠慮のない部下に苛立ちつつ、佐伯の言葉に心底安堵した。
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