上司、拾いました
「ここ、どこ、だ……?」


 まるでマンガか小説のようなことを言って、その人はゆっくりと顔を上げた。

 そして私はその顔を見て、少し驚く。


 真っ赤に充血している切れ長い瞳。

 いかにも気分が悪いです、と言いたげな表情だが、それでもどこかの映画俳優のように絵になってしまう端正な顔立ち。

 前が開いているコートから見える、だらしなく緩んだ紺のネクタイ。


 それは見知らぬイケメンではなく、見覚えのあるイケメンだった。

 むしろ、私の上司に当たる――主任の東間潤(あずまじゅん)さん。

 別名、広告営業課・鬼の社畜だ。

 どのような仕事も一切の手抜きを許さず、自分自身も連日のように会社に寝泊りをし、休日であっても構わず出社しているという名実ともに完全な社畜。

 ただ、他者への妥協もまったくしないため、東間さんに泣かされることがここ数年の新入社員の通過儀礼であるとか。

 私も何度か怒られたことはあるが、さすがに泣かされたことはない。

 とはいえ何も感じないわけでもないので、当時は同期とひたすらカラオケ・ボーリング等々でひたすらストレスを解消していたが。


 しかし、普段は隙も何もまったくない、観賞用イケメンと女性社員から口々に言われていた東間さんのこんな姿を見てしまうとは。

 何があったのか、とても気になる。


「ブランカメゾンという名前のアパートです。ご自宅ですか?」
「ブランカ……ああ、そう、だな。自宅だ」


 どこか上の空な調子で言う東間さん。

 んん? まさか本当に東間さんが、ここ二年間顔も見たことがない隣人だった……?
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