上司、拾いました
「私、同じ課の三樹紗彩(みきさあや)です。東間さん、こんなところで寝ていると風邪を引きますよ」
「……三樹?」

 
 頭痛を堪えるように額を押さえながら、思い出すように東間さんが言う。

 それからやがて合点がいったように、「ああ、お前か……」と頷いた。


「なんでお前が、ここに」
「私もここに住んでいるもので」
「……そうか、それは偶然だな」


 やはりどこかうつつとした様子で言う東間さんは、壁伝いになんとか立ち上がろうとする。

 そして一歩踏み出しかけ、足をもつれさせて盛大に転倒した。

 ああ、全然大丈夫じゃないなこの人。


 普段が普段なだけに余計心配になり、放り出された鞄を拾い上げて、痛みに震えている東間さんに近寄る。


「どれだけ飲んだんですか、この有様は」
「……わからん」


 覚えてない。

 一番心配になる返答をされ、私はひとつ息を吐いてから立ち上がる。

 そして手を差し出しながら、「鍵貸してください」と言葉をかけた。


「部屋の中までぐらい、連れて行きますから」
「……鞄の中にある。すまない」


 職場であれば絶対に聞かないだろう弱気な謝罪に、ひどい違和感を覚えた。

 この人は本当にあの鬼の社畜、東間さんなのだろうか。

 忘年会等々の飲みの席でも、顔色一つ変えなかったあの人が。


 そう首を傾げつつ、きちんと整理されている鞄の中から鍵の束を見つけ出す。

 そして自分の部屋の鍵とよく似たデザインのものを見つけ出し、目の前の二〇四号室へと差し入ようとした。


「……ん?」


 しかし、うまく差し入れることができない。

 違う鍵だったのだろうかと思いつつ表札を確認したが、やはりいつものとおりそこは空欄で、確かめることはできなかった。


「東間さん。部屋はどこ――って」


 ちょっと目を離したすきに、東間さんは再び眠りの底に落ちていた。
< 4 / 24 >

この作品をシェア

pagetop