上司、拾いました
「……なんで俺が、お前といるんだ?」


 頭を押さえながら痛みを堪えるように、顔をしかめた東間さんは床に座る。

 私は申し訳程度に自分の髪を撫でつけながら、パジャマ姿のまま「なんでって」と言葉を返した。


「東間さんが、私の部屋の前で倒れていたので。放置するわけにもいかないと連れてきました」
「……俺が?」
「随分と酔っておられるようでしたけど」
「…………あー」


 合点がいったというように、その人は頭を抱える。

 どうやら私と交わした言葉ややりとりは覚えていないらしい。

 本当に、どれだけ限界まで飲んできたのだろう。

 この人が会社に残りもせず酔いつぶれていたなんて、それだけで大ニュースかもしれない。


 そんなことを思いながら、もうひとつ欠伸をする。

 そして東間さんが、バツの悪そうな表情でこちらを見てきた。


「俺が倒れてたから、連れて来たって……お前には警戒心がないのか?」
「ないこともないですけど、変なこともできないほど酔いつぶれていたので大丈夫かなぁと」


 現に今だって、落下の痛みと二日酔いで頭を抱えっぱなしだ。

 こんな人に押し倒されるようなことは、あまりないだろうと思う。

 ましてや相手は真面目を絵に描いたような東間さん。

 それは警戒心も薄れてしまう。


「でも、東間さんここに住んでる方だったんですね。知りませんでした」
「あ? ……ああ、まあ、一応、三階に部屋は借りてるが」

 
 あんまり帰っていないんだろうなぁ。

 わかりやすく目を逸らす東間さんの言葉に、うん? と首を傾げる。

 三階ってことは、やっぱり二〇四号室は東間さんの部屋じゃなかったのか。

 表札は出していないのに入居しているという謎の隣人の正体がわかったと思ったのに。

 少し残念。

 
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